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ライターのブログ

ふと思いついたので、年末だし個人事業主(フリーランス)の年金について話をするよ

最近、個人事業主の将来の不安定さを説かれることが増えた。(2年前まで個人事業主として働いていた)でも、みんなが言うほど個人事業主だって悪いもんじゃない。3年もしていなかったのだけれど。

 

なので僕が、昔フリーランスでやってたときに、調べたりファイナンシャルプランナーさんとかに聞いたりした『個人事業主の老後の備え』について書き留めたいと思う。

 

 

僕は、心配性なので事前準備には事欠かない。取引先と食事に行くときは、レストランの営業時間や道順はもちろん、どんなスタッフさんがいるのかさえ事前に把握しておかないと気が済まないし、ゲームボーイにハマっていたときは、3回セーブ作業を繰り返してからじゃないと電源を落とせなかった。

 

だから自分が会社員から個人事業主になるときも、双方のメリット・デメリットはもちろん、個人事業主になるリスクについてメチャクチャ調べた。

調べてみてわかったことは、会社員と個人事業主では老後の福利厚生的なやつが全然違う、ってこと。

 

では早速、個人事業になって不安に震えていた当時の僕に、『個人事業主が老後に困らないための年金まわり』について聞いてみようと思う。これから個人事業主になる人、勢いでなった人の何かのきっかけになれば幸いです。

 

個人事業主の年金スズメの涙問題

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まず僕が個人事業主と聞いて、不安に感じるのは老後にもらえる年金の額。会社員と比べて、個人事業主の貰える年金はかなり低い。

会社員の場合、基本的には、2つの年金に加入することになる。『厚生年金』と『国民年金』だ。

国民年金は、日本に住んでいる20歳以上60歳未満の誰もが加入する年金のことで、いわば国民の義務に近いような保険。

 

厚生年金というのは、会社(事業主)と個人(自分)が月々の保険料を折半して負担する会社員が対象の年金のこと。老後は国民年金に上乗せするカタチで年金が支払われる。つまり眠くなったので寝ます。

 

 

単車で事故って両膝から骨が「こんにちわ」した話

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そんなモットーを掲げ、今まで貧乏ながらに色々なことにチャレンジしてきました。

 

 

その結果、良いことも悪いこともたくさん経験できたと思います。今日は諸事情により土下座する機会があったのですが、その時に膝が弱いことを思い出しました。

 

 

私は膝が弱く膝立ちができないのです。

 

16歳の頃、風になりたかった私は単車に乗ることが毎日の日課でした。

初めての愛車はヤマハSRV。我ながら渋いチョイスです。

当時、バイトを3つ掛け持ちしていた私にとってバイクはなくてはならない移動手段。

 

 

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しかし、ある日運転中に小石につまづき、転倒してしまいました。

 

 

 

その結果、

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2m近く吹き飛び両膝から骨が突き出す事態に。

 

 

 

嘘です。少し言い過ぎました。両膝から骨がこんにちわしたくらいです。

傷跡はまだ癒えません。

 

 

 

 

しかし、救急車を呼ぶのが嫌だった私は、近所の民家(結構な距離ある)まで自力で歩き助けを求めました。

 

 

疲れたので、今日はここまで。

 

自走大事。

 

 

 

 

まあgif作りたくなっただけなんですけどね。

 

 

 

極度の潔癖症だった僕がそれを克服した方法を10分で説明する

これから定期的に10分以内で日記を書くことにしました。(テンポとか構成力が身につくかなって思ったから)

 

 

潔癖症の人あるあるは網羅していた青年期

僕は超がつくほど潔癖症だった。

 

家族と鍋を食べるときは自分だけ小さい鍋で分けてもらっていたし、自宅以外では絶対トイレを使わなかった。

小学生のときに行ったハイキングでは、山に設置されてる仮設トイレを使いたくないから、迷うことなく漏らしたこと。(出どころのわからない菌に触れるくらいなら、自分の菌にまみれていたい)

 

あとは小学校の頃、プールに入ることができなかった。不特定多数の人間の皮脂や汗が染み出している水に入るのが理解できなかった。(皮脂染み出し型プール)

 

そういうと「海は大丈夫なの?」って聞かれるけど、海なんかもっとダメだろう。だって魚やクジラは海中で死んでそのまま漂ってるわけだし、普段から糞尿を垂れ流してるわけで。海は不衛生の極みだと思う。(水泳を避けていたので、未だに平泳ぎしかできない)

 

言わずもがな、温泉も入れなかった。お湯は汚れがよく落ちることを知っているから。

 

1日の疲れを癒し、体の汚れを落としてサッパリするのが温泉なのであれば、逆を言えば、おっさんたちの1日の汚れが漂う、垢まみれのお湯が温泉だろう。(本当にごめんなさい。今はそんなこと思ってないし、克服も兼ねて週に1回は通うことにしてます)

 

見ず知らずの人と同じお湯に浸かるなんて、当時の僕からすれば自殺行為だった。ホテルの部屋についているバスタブに入るのだって躊躇しているくらいなのに。

 

 

最近、流行りのサウナだって本当に苦手だった。知らないおっさんたちの汗が蒸発し、大気中に充満している空間。むせ返るような呼吸のしづらさは、本当に熱気や湿度のせいなのだろうか、実はおっさんたちの汗が蒸発して鼻腔に纏わり付いているからじゃないか、とか本気で思っていた。

 

 

そんな僕も今では普通に温泉にだって入れるし、人が食べかけたパンも普通に食べられるようになった。

 

それどころか、犬のフンを素手で鷲掴みにできるまでに成長した。(成長と呼べるのかはわからない)

 

 

というわけで今回は潔癖症に悩んでいる同士たちの力になればと思い、僕がどのようにして潔癖症を克服したのかを紹介していく。

 

 

その方法はいたってシンプル。

 

そう、荒治療だ。

 

一般的に荒療治」の誤り見なされる。「荒療治」は苦痛を伴う大胆治療や、物事良い方へ向かわせるための抜本的な処理を意味する語。

 

僕は人生で2回の荒治療を受けた。(誤用でも使っていく)

 

潔癖症を治すには

1度目は、震災のとき。僕は人生で3回被災している。

 

新潟県中越地震

新潟県中越沖地震

東日本大震災

 

の計3回だ。

 

幸い僕は大事には至らず、今もこうして生きてる。(家は半壊したけど)

 

しかし被災地ではトイレはもちろん、きれいな寝床で寝ることはできない。ともすれば、潔癖にこだわっている暇はなくなるのだ。昔の僕は清潔さを保たなくては死ぬと考えていたが、そんなことはなかった。

 

東日本大震災のときは大変だった。馬の死体をどかしたり、腐敗した何かの肉を撤去したりする必要があった。そのあとも風呂に入れないなんてザラだ。爪の中に腐った肉のようなものが入り込んでたりする。

 

でも僕は死ななかった。蛆虫がうごめいているのを間近に見ても死ななかったし、人のウンコを取り除く作業をしても死ななかった。

 

そこで僕は少し成長した。でも日常に戻れば、すぐに潔癖症に戻った(少し改善されたけど)。たぶん震災という体験は、どこか現実味を帯びてなくて、夢の中にいるような感覚だったのだろう。

 

2回目の荒治療は、タイにいたときだ。

 

タイ奥地ではトイレットペーパーでお尻を拭くことを許されていない。(場合が多い)トイレットペーパーないから。

 

便座の隣に置いてあるバケツから水を救って尻にかけるのだ。人によっては素手で擦りながら水で流す。そう、地獄である。

 

バケツの中の水にはボーフラみたいなのが浮いてたりする。そんな水で尻を洗ったら、肛門から虫が入るんじゃないかと本気で心配した。(結局そのときは、自分のインナーシャツを引きちぎって拭いてことなきを得た)

 

そんな環境にいると一週間もすれば、本当にどうでもよくなる。

 

さらにいうと僕は、とある事情で東南アジアの山奥で少しサバイバルしたことがある。

 

そのとき、森の中で生き延びるためにセミを捕まえて食べたり、道に生えてるノビルみたいな草を食べた。(後から聞いたが、セミは生で食べると寄生虫が危ないらしい)

 

 

このように少し非日常な時期はあれど、日々の生活として不衛生な環境に身を置くことは、潔癖症の改善に役立つ。(らしい)

 

 

オススメ!(ここで10分)

ちなみに、虫ってだいたい熱通せば食べられる。

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ここらへんはだいたい美味しい。

 

カメムシ

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舌がビリビリするけど、火を通せば食える(体にいいのかは知らない)

山で迷ったらまずは虫を確保したほうがいい。

 

台湾に行ったら食べたいと思うものを考えることがモチベーション

ドリアン

 


タイ人が一番好きな果物・ドリアン売り!定年後タイで年金暮らし

毎晩、タイ人がドリアンをカットしてる動画を観るのが最近の癒し。早く食べたすぎて、タイのドリアンが食べたすぎて、台湾じゃなくてタイに行きたい。

パッションフルーツ

即日速達出荷 期間限定 沖縄県産 パッションフルーツ 女性に嬉しい葉酸たっぷり 農家直送 南国沖縄の果物 旬な時期のものをお届け! (自宅用0.5kg)

目が醒めるような酸っぱさが素敵。レモンほど酸っぱくなくて、ほのかな甘さとつぶつぶした食感がたまらない。

ライチ

フレッシュ ライチ 果物 果実 皮付き 500g バラ凍結品

特別何かコメントすることもないけど、好きだから食べたい。

蛋餅

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1日3食これでもいいってくらい好きだから食べたい。チーズ入りの蛋餅に、甘いタレをつけて食べるのが個人的に好き。

以上。早く6月にならないかなぁ。

過去の自分を振り返る

「よく考えます」「ちゃんと考えるようにします」

が私の口癖で、その場だけやり過ごせればいいという甘い考えのまま30年間生きてきたけど、結局考えるために何をすればいいのかをまったく考えていないから、いつもいつも同じことを繰り返してしまう。

その度に色んな人を失望させて、身内にも家族にも見放されてしまった。「この人には何を言っても、何を伝えても、何を教えても、結局何も変わらない」と見切るをつけられてしまった。

家族からも見放されてしまった

数年前まで私は、翻訳家の叔母の家に居候していた。

ダメダメな私に「ちゃんと3食食べないとダメだよ、体が資本なんだから」「相手の気持ちを考えられる人になろう」「何か失敗した時は、言い訳しないで素直に謝ろう。怒られるかもしれないけど、嘘をつくのは相手に不誠実だよ」とか、普通の人なら当たり前にできることができていないことを、何度も何度も色々教えてくれた。

けど、当時の私は「うるさいなぁ」くらいにしか思っていなかったので、親身になってくれる相手の言葉にも耳を貸さず、ふてくされた態度をとってばかりですごく傲慢だったと思う。

きっと、というか絶対にそのときにちゃんと言われたことを真摯に受け止めて、変わろうとする努力をしていたら、30にもなってこんなに人に不快な気持ちをさせることはなかったと思う。

結局、何を言っても、いくら言っても変わろうとしない私に「もうこれ以上言っても何も意味がない」と、絶縁されてしまった。

絶縁されたときですら、自分は何も悪くないという気持ちが強くて、「ごめんなさい」のひと言がどうしても言えなかった。

あの時素直に謝ることができていたら、自分が悪かった、相手は自分のためを思って言ってくれている、という感謝の気持ちが少しでもあったら、今も良好な関係を保てていたはずなんだろうな、とよく思う。

自分と向き合うことができていなかった

自分が、いかに非常識でゴミカスなのかを前より少しは自覚できるようになった今、どうして真摯に向き合ってくれる人の声に耳を貸すことができなかったのかを考えてみた。

やっぱり一番の原因は、自分の非を認められていないことだと思う。素直じゃなかったと思う。自分はごく普通の人格を持った常識人だと勘違いしていたことに気づけなかったのは、「あぁ、自分のこういう部分がいけないんだ」と自分のよくない部分と向き合えていなかったことに、そもそも原因があると思う。

誰だってあれこれ細かいこと言いたくないし、怒りたくないし、できれば笑って過ごしていたいもの。

それでも厳しいことを言ってくれるのは、相手に変わって欲しいから、直した方がいいと思うからこそ。それなのに私は、相手の気持ちを考えようとせず、すべてシャットアウトしていた。

その場だけやり過ごせばいい、謝ればいいという考えがまだ抜けていないのは、なぜ相手がそれをいうのか、直すためにどんなアクションを起こせばいいのか、考えることを考えられていないからだと思う。

考えるためには、なぜそうなってしまったのか、そこにどんな感情があったのか、その感情を持ってしまうそもそもの原因はどこにあるのか、人に頼らず自分で考えないといけない。

前は、すぐに占い師に頼ってたけど、それだと何も変わらない。自分と向き合って自分で解決しないと、何も変わらないんだということに、今更気づくなんてみっともない。

けど、それを教えてくれた人には本当に感謝している。

本当に困ってるときに助けてくれる人

親にも身内にも見捨てられて、相手に不快な思いを与えてばかりで、生きているだけで迷惑な、誰からも見向きもされない私を拾ってくれた人は、私が困ってるときいつも助けてくれる。

理不尽なことがあっても、その人だからついていきたい、その人のためだったら何でもしたいと思えるのは、私以上に私と向き合ってくれるから。

でも、その人のそんな優しさに完全に寄りかかって甘えているのは本当に良くないと思う。

一緒に仕事をさせてもらっている以上、受け取るだけじゃなくて相手にも何かを与えられるような存在にならないと、一緒にいる意味がないし、、、。

私は、いきているだけで迷惑で、本当に頭が悪くて、本当にゴミカスだから、せめて相手が気持ちよく仕事ができるように、気持ちよく怒れるように、常に誠実でいようと思う。

どんなにゴミカスでも、どんなに失敗をしても、迷惑をかけても、いつも見捨てずにチャンスをくれる人の幸せのために、少しでも成長したと思ってもらえるように頑張ろうと思う。

 

結局、問題は自分自身の中にあるんだなぁの話

「逃げるが勝ち」を都合よく解釈していた20代

嫌なことから逃げ続けて数十年。嫌なことがあったらまず逃げるという、完璧なまでの逃げクセが体に染み付いているゴミ人間な私は、これまでずっと楽をして生きてきたと思う。

というか、自分が逃げていることにすら気づいていなかった。むしろ、常識人とさえ思っていた。

そんな私が「このままだと本当にやばい」と自分のクズさを自覚し危機感を持てるようになったのは、ある人との出会いがあったから。

話すと長くなるので割愛するけど、親戚からも親からも見放されているゴミ人間な私を拾って、厳しくしてくれるその人に対しては感謝しかない。私にとって、この世で一番大切なかけがえのない存在なんです。

嫌なことは考えない

「◯◯さんなら、こんなこと当たり前にできる」と誰かと比較されることが、嫌で嫌で仕方がなくめちゃくちゃストレスだった。

普通なら、そう言われたら「だったら負けないように頑張ろう」と前向きな姿勢に切り替えて頑張るものだと思う。

けど、現実から目を背け、頑張ること、努力すること、考えることを完全に放棄していた私は、「だったらきちんとしたい人ときちんとすればいいじゃん」と切り替えることが、苦しまずに済む一番の解決方法だと思っていた。

それが間違えだったと気がついたのは、つい最近になってから。もう31なのに、みっともな。。。

考えることが面倒くさい

私は昔から、わからないことはすぐに人に聞いていた。「これってどういう意味だろう?」と思っても絶対に自分で調べなかったのは、人に聞く方が楽だったから。

思い返してみると、よく色んな人から「自分で調べなよ」と言われていた気がする。自分で調べないからすぐに忘れるし、情報として自分の中に蓄積されていかないので、発言もどこか薄っぺらい。

そもそも「何でだろう?」という疑問すら持たずに生きてきたので、「調べよう」というアクションすらない。だから、人と会話をしていても自分なりの考えとかが一切なく、「そうですね」とか生産性のない切り返ししかできない。

占い師で解決した気になる

そんな私が次にとった行動は、占い師に相談するというゴミみたいな方法。嫌なことがあると占い師に電話をして話を聞いてもらうだけで、何となく気持ちはすっきりする。

けど、原因と向き合っているわけではないから根本的な解決になっていない。だから結局、また同じことの繰り返し。

それでまた叱られて電話をかけて借金が溜まるという負のループに陥っていた。今思えば、何であんなくだらないことにお金を使っていたんだろうと不思議に思う。

人に相談したって、自分自身が問題とちゃんと向き合わなければ何も変わらないのに。

自分がどう思うかじゃなくて相手がどう思うか

ある日、友達が待ち合わせ時間よりも早く私のマンションにやってきた。けど、私は別の場所にいたから「寒いから、近くのファミレスで待っててもらってもいいかな?あと@@分くらいでは着けると思うんだけど、待たせてごめんね」と伝えた。

すると相手は「大丈夫。外で待ってるね」と言う。いやいやいや。早く着たのはそっちやないかい。何で私が気をつかわないといけないんじゃい。

ただでさえ早く着た友人を待たせたことに申し訳ないと感じているのに、ここから家まであと@@分かかるのに気をつかっちゃうじゃん。。。

そして思う。私は今までこういうことをしていたんだなと。自分がいくら平気だったとしても、「お腹空いてるからなにか食べてるねー」とか「その辺のカフェでコーヒー飲んでるから大丈夫だよー」とか、相手に変な気をつかわせないようにしようという配慮が一切なかった。自分さえよければそれでいいと思っていた。

もしかしたら仕事かもしれない。買い物の途中かもしれない。相手の状況を一切考えず、「家にいない相手が悪い」という傲慢な気持ちが「大丈夫。外で待ってる」という言葉につながるのかもしれない。

自分が大丈夫かどうかではなく、相手が大丈夫かどうか、どう思うかの方がよっぽど大事なのではないか。。。何で今まで、そんな当たり前のことに気がつかなったんだろう。

この一件以来、自分のことよりも相手のことを考えようと強く意識するようになった。それができているのかどうかもまた、相手が決めることなのだけれど。

嫌いで当たり前だよなぁ。

今までは「お前のこと超嫌い」「大嫌い」「キモい」「みんなお前のこと嫌い」と言われると「何でそんなことを言うんだろう」と悲しい気持ちになっていたけど、「そりゃそうだよなぁ。でも、これ以上嫌われないように気をつけよう」と思えるようになったのは、これまでのメンヘラくそ女だった自分からは考えられないことだと思う。

家に帰った時にふと思い出して泣くこともあるけど、それは決して後ろ向きな涙ではないことは確か。

それに、いくら「嫌い」とか「キモい」と言われたとしても、その人だからついていきたい、一緒に頑張りたいと思う。だからこそ、せめて相手が気持ちよくいられるように明るくいたい。

もし逆の立場で考えたとき、何か言う度に落ち込んだり、不機嫌な態度をされたら一緒にいて疲れるから、できるだけ相手には気持ちよくいて欲しいなと思う。

嗚咽しながら目の前で泣くこともあるけど。。。成長速度が遅すぎて、がっかりさせてばかりで本当に申し訳ないなと思うけど、その人のために頑張りたいからこれからも見ていてほしいなと思う。

「言ったことは書いてあるけど言いたかったことは書いてない」

雰囲気を文字にするってどういうことだろうか

先日、取材でお世話になったある人と食事をしていたとき。お酒も飲んで程よく気持ちよくなったところで「私が書いた記事、正直どう思いましたか?ちゃんと◯◯さんの伝えたいことを文字にできていたでしょうか、、、」と聞いてみた。

というか、お酒が入っていなかったら怖くて聞けなかったかもしれない。

う〜ん、そうだね、、、としばらく考え込んだあと、慎重に言葉を選びつつも思い切った様子でこう言った。

「確かに私が言ったことは書いてあった。けど、本当に言いたかったことは書かれていなかった」と。

この言葉がスーッと入ってきた。自分のなかで不思議なくらいに腑に落ちた。今までたくさん取材をさせてもらってこれまでいくつも取材記事を書いてきたけど、正直いつも心のどこかで「これでいいのかな?相手が本当に言いたかったことをちゃんと伝えられているのかな私は」とモヤモヤしていた。

でも、そのモヤモヤの原因が一体どこにあるのかいまいちわからなかった。

雰囲気を文字にする

その人の言葉でハッとした。私が今まで書いた記事というのは、単なる音声のコピペだったのではないかと。

相手が言った言葉にとらわれ過ぎて、取材時に相手が醸し出す雰囲気や想いを言葉としてきちんと伝えられていなかった。

大事なのは相手が言った言葉ではなくて、その場のリアリティや雰囲気もきちんと文字にすることだと、その人は教えてくれた。

それができていないから、私の書く文章はどこか平坦で臨場感がないのだ。相手の想いを汲み取り、相手が言いたかった以上の言葉に翻訳する。

記事を読んだ相手は「そうそう、私はこう言いたかったんだ」と気づくきっかけにもなったりするんだと。

最初から記事の構成をガチガチに決めすぎるのもよくないのかな。「あれもこれも聞かないと!」と考えてしまって、せっかく温まった雰囲気がまた振り出しに戻ったりしてしまうのは、私の雰囲気づくりのなさが原因だ・・・。

もっと取材頑張って雰囲気を文字にできる、読んだ人もその場にいたかのような臨場感のある記事を書けるようにならねば!!

それも大事だけど、まずは仕事と100%真剣に向き合おう。私にはその気持ちが足りないのだと思う・・・。そしてもっと人のことを想える人になろう。うん。